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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)7468号 判決 1969年3月27日

原告 池田欽三郎

右訴訟代理人弁護士 松岡浩

被告 田沢嘉一郎

右訴訟代理人弁護士 山田璋

右訴訟復代理人弁護士 鎌田寛

主文

被告は原告に対し別紙物件目録(二)記載建物を収去して別紙物件目録(一)記載土地を明渡し、かつ、昭和四〇年一月一日以降右明渡済まで一ヶ月五〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときはかりに執行することができる。

事実

一、原告訴訟代理人は主文一、二項と同旨の判決、並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)  原告は被告に対し昭和二八年一二月一三日別紙物件目録(一)記載土地(以下、本件土地と略称)を同地上の被告所有別紙物件目録(二)記載建物(以下、本件建物と略称)の敷地として左の特約で賃貸した。

(1)  被告は原告に対し権利金二四一、六四〇円を昭和二八年一二月以降毎月末日限り一〇、〇〇〇円づつに分割支払う。

(2)  被告は原告の承諾なしに本件建物に抵当権を設定してはならない。

(二)  右賃貸借は次の事由で終了した。

原告は被告に対し昭和四〇年五月一〇日付書面により同月一七日までに右権利金を支払い、かつ、本件建物に設定された訴外中小企業金融公庫、東京銀行に対する抵当権を消滅させその設定登記を抹消するように催告し、同時に右期限までに不履行の場合は賃貸借を解除する旨の意思表示をなし、右書面は同月一二日被告に到達したが右期限までに履行されなかったので昭和四〇年五月一七日限り解除された。

(三)  昭和四〇年一月一日以降の賃料は一ヶ月五〇〇円であるが被告はその支払をなさない。

(四)  よって昭和四〇年一月一日以降賃貸借終了まで(同年五月一七日まで)一ヶ月五〇〇円の割合の賃料、および、賃貸借終了に基き本件建物収去本件土地明渡、並びに昭和四〇年五月一八日以降右明渡済まで賃料相当額である一ヶ月五〇〇円の割合による損害金の支払を求める。

と陳述し、

二、被告訴訟代理人は「請求棄却、訴訟費用は原告負担」の判決を求め、請求原因に対し、

その(一)のうち特約(1)の支払期限、特約(2)は否認するがその余は認める。権利金は被告の支払可能なときに支払えば足りるとの約定であった。

その(二)の事実は認める。

と陳述し、抗弁として、

(一)  本件建物は昭和二二年に建築され延面積六七、七六平方米(二〇・五坪)の居住用建物であるから本件土地の賃貸借には地代家賃統制令の適用がある。

従って権利金授受の約定は無効であり被告にその支払義務はないからその不履行により賃貸借を解除することはできない。

(二)  かりに原告の承諾なしに本件建物に抵当権を設定してはならないとの約定がなされたとしても右約定は借地人である被告に不利な特約として借地法第一一条により無効であるから右約定違反で賃貸借を解除することもできない。

(三)  かりに右約定が有効であるとしてももともと被告は本件建物の所有者であるからこれに抵当権を設定することは所有権の当然の行使であるうえ、本件建物に設定された抵当権の実行手続により原告の賃貸借解除までに本件建物が競落されることはなかったのであるから賃貸借上の信頼関係は破壊されておらず、従って右約定違反により解除権は発生しない、

と陳述し、

三、原告訴訟代理人は被告の抗弁に対し

その(一)のうち本件建物が昭和二二年建築の延面積六七、七六平方米の居住用建物であることは認める。然し原告は昭和二二年被告に対し一時使用の目的で、かつ無償で、本件土地を貸与し、これに引続き昭和二八年本件賃貸借契約をなし権利金の受領を約したものであり、このような経緯に照らすと本件土地の賃貸借には地代家賃統制令の適用はないと解すべきである。

その(二)の主張は争う。抵当権設定禁止の特約は賃貸借権の無断譲渡禁止の特約などと同じく借地法第一一条に違反する特約ではなく有効である。

その(三)、のうち本件建物が被告所有であること、本件賃貸借解除までに本件建物が競落されなかったことは認めるがその余の主張は争う。被告は本件賃貸借後解除までの間に昭和三〇年一二月八日付、昭和三一年一一月二二日付各登記をもって訴外国民金融公庫に、昭和三三年六月一八日付、昭和三四年一二月一八日付各登記をもって訴外中小企業金融公庫に、昭和二五年五月一七日付登記をもって訴外東京銀行にそれぞれ抵当権の設定をなし、そのうち訴外東京銀行はその抵当権に基き本件建物につき競売の申立をなし昭和四〇年二月二三日東京地方裁判所により競売開始決定がなされるに至ったものでありその背信性は大きい、

と陳述し、

四、被告訴訟代理人は、右記原告主張の各抵当権設定、競売開始決定の事実は認める、

と陳述した。

五、証拠≪省略≫

理由

一、請求原因(一)、のうち原告被告間の賃貸借の成立、並びに特約(1)(権利金支払の約定)については当事者間に争がない(権利金の支払時期については≪証拠省略≫によると原告主張のように昭和二八年一二月以降毎月末日限り金一〇、〇〇〇円づつ分割払の約定であったことが認められる)。

二、被告は請求原因(一)のうち特約(2)(抵当権設定禁止の約定)を否認するが甲第一号証(その文言の意味については後記のとおり)原告本人の供述によると本件賃貸借に際し原告の承諾ない限り賃借権の譲渡をなさないとともに本件建物に抵当権を設定しない旨の約定がなされたことが認められる。

被告本人は本件「建物」ではなく本件土地の「賃借権」について抵当権を設定しないことを約した旨供述し、甲第一号証第六項には、「乙(被告)は甲(原告)の承諾を得るに非ざれば賃借権を他に譲渡し又は抵当に入れざるものとす、」と一見右被告本人の供述に副うかのような文言が用いられているがもともと賃借権は抵当権の対象となりえないものである上、成立に争いのない乙第二号証によると本件賃貸借契約前である昭和二五年五月二五日にも原告、被告間に本件土地につき賃貸借契約が結ばれて、右契約について作成された覚書においては本件「建物」の無断譲渡貸付の禁止が記載されていることが認められ、このように甲第一号証には「賃借権」という文言、乙第二号証には「建物」という文言が用いられていても、原被告間においては賃借権建物という二つのことばは殆んど同一の意味をもって理解されていることが推認されるから右記被告本人の供述はたやすく措信できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

三、請求原因(二)の催告、解除の意思表示については当事者間に争いがない。

そこで被告の抗弁これに対する原告の反論を検討する。

(1)  抗弁(一)について

本件建物が昭和二二年に建築された延面積六七、七六平方米(二〇・五坪)の居住用建物であること当事者間に争いがない。

原告は本件賃貸借前の経緯を主張し地代家賃統制令不適用を主張するが原告主張のような経緯は右統制令の適用除外の理由となるものではないから原告の右主張は失当であり、本件賃貸借に際しなされた権利金授受の約定は右統制令第一二条の二により無効であるから右権利金の不払をもって賃貸借を解除することはできず、従ってこの点に関する被告の抗弁(一)は理由がある。

(2)  抗弁(二)について

被告は抵当権設定禁止の約定は借地人である被告に不利な特約であるから借地法第一一条により無効であると主張する。然し借地法第一一条は借地人に不利な特約をすべて無効とするものでなく、同法第二条、第四条乃至第八条、第一〇条に反する約定の効力を否定するに止まるから右各条に関せず、借地人が有する所有権、賃借権を自ら制限する約定(例えば、建物増改築禁止、建物賃借権の譲渡禁止特約)は有効であり、借地人がその所有建物について抵当権を設定することを禁止する約定も自ら所有権の行使を制限するものとして不利益なものであるが借地法第一一条により効力を否定されるものではない。

よって被告の抗弁(二)は採用できず、前記認定の抵当権設定禁止の約定は有効といわざるをえない。

(3)  抗弁(三)について

被告は本件建物は自己所有であり、これに抵当権を設定したが解除までに競落されていないから抵当権設定禁止の約定の不履行はあっても賃貸借上の信頼関係は破壊されていないと主張し、本件建物が被告所有であること、解除までに抵当権実行による競落がなされていないことは当事者間に争いがない。

もととも土地の賃貸人が借地人に対しその所有の地上建物に抵当権を設定しない約定をなすのは抵当権実行により建物所有者が変更し、従って土地賃借権が移転することを防止するという点において賃借権の譲渡を禁ずる約定と同一の目的を有するものであり、従って右抵当権設定禁止の約定の合理的存在理由は賃借権の移転により賃貸人が土地明渡請求のための手続を、また、賃借権譲受者(建物競落者)よりなされる建物買取請求に応じて意に反する建物の取得、出費を余儀なくされることの予防に求められるものであるが、賃借権の譲渡と異り抵当権の設定は必ずしも常に賃借権の譲渡を招来するものではないから抵当権設定禁止の約定が存しても右約定違反の程度が軽微な場合には右約定違反により賃貸借上の信頼関係は破壊されず従ってこれを理由に契約解除はなしえないと解することができる。

然し、被告が本件賃貸借後契約解除までの間に本件建物につき(イ)昭和三〇年一二月八日付(ロ)昭和三一年一一月二二日付各登記をもって訴外国民金融公庫に対し、(ハ)昭和三三年六月一八日付、(ニ)昭和三四年一二月一八日付各登記をもって訴外中小企業金融公庫に対し、(ホ)昭和三九年五月一七付登記をもって訴外東京銀行に対しそれぞれ抵当権を設定し、(ホ)の訴外東京銀行は競売の申立をなし昭和四〇年二月二三日当裁判所が競売開始決定をなしたことは当事者間に争いがない。

被告はこのように禁止約定に反し多数回に亘り抵当権の設定をなしているうえ、成立に争いない甲第三号証によると右抵当権のうち(イ)の抵当権は昭和三一年一一月二六日付弁済により同月二九日設定登記の抹消、(ロ)の抵当権は昭和三四年六月一八日付弁済により同年七月九日設定登記の抹消がなされてはいるが原告の解除当時には右(ハ)、(ニ)、(ホ)の各抵当権は消滅せずに残っていたことがうかがえしかも前記のように(ホ)の抵当権に基き競売開始決定までなされる段階に至っているとの事実を前提とすれば被告約定違反は軽微なものとはいえず、従って賃貸借上の信頼関係は破壊されてはいないということはできない。

よって被告の抗弁(三)も採用できない。

四、そうすると抵当権設定禁止の約定違反を理由とする原告の契約解除は有効なものであり、昭和四〇年五月一七日をもって本件賃貸借は終了したことになるから被告は本件建物を収去して本件土地を明渡す義務があり、また、昭和四〇年一月一日以降の本件土地の賃料が一ヶ月五〇〇円であること被告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなすべきであるから被告は原告が支払を求める昭和四〇年一月一日以降賃貸借終了まで(昭和四〇年五月一七日まで)一ヶ月五〇〇円の割合による賃料、および右終了後(昭和四〇年五月一八日以降)本件土地明渡済まで右賃料同額の割合の損害金の義務も負う。

よって原告の本訴請求は理由あるものとしてこれを認容する。

五、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項適用。

(裁判官 上杉晴一郎)

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